第3章―4 皮膚と鱗

上皮構造

 上皮は周囲環境から体を保護する機能を持っており、現生の魚類と四肢類の上皮は多層であり、構造的に似ている。即ち、脊椎動物の上皮は、ヌタウナギやヤツメウナギから羊膜類まで基本的には表皮と真皮からなり、その下に筋肉からなる皮下組織を持つ。そして表皮は基本的には3層、真皮は2層構造となっている。表皮と真皮の間には両者を結合する基底膜がある。上皮にはさらに付属器官として、鱗や羽毛、体毛がある。魚類の鱗は皮骨性であり、鱗の表面は表皮で被われている。一方、羊膜類の爬虫類の上皮にも鱗があるが、この鱗は角質層が硬化・小片化したものであり、上皮最上層を被っている。また、鳥類や哺乳類の羽毛や体毛も角質鱗を起源としている。

 

表皮は機能の異なる3層からなり、外部環境から体を保護する機能を持ち、海生魚類や陸生脊椎動物では体内からの水分の流出を、淡水生魚類では体内への水分の流入を抑制する。真皮は皮膚の強度を保つ機能を持ち、魚類や四肢類といった脊椎動物では2層からなる。真皮の上層は、魚類や両生類、羊膜類の違いが大きいが、基本的には血管、神経、色素細胞を含むゆるく結合した網目状組織からなる。真皮の下層は細胞、血管、神経が相対的に少なく、コラーゲン繊維の大きな束が合板状に密に詰まったフェルト様組織である。真皮は繊維性の結合組織で、表皮の物理的・代謝的サポートを担う機能を持つ。

 

 陸棲化に際して特に表皮と皮骨性付属器官に大きな変化が見られるので、以下では主にこれらに関して述べる。皮骨性付属器官以外は上皮に関する化石記録は少ないので、表皮に関する考察は、現生種から推測することになる。

 

魚類の上皮構造は、図1に示すように3層からなる表皮と2層からなる真皮、及び皮骨性付属器官の鱗からなる。表皮と真皮の間は基底膜を介して結合されている。図には示されていないが、真皮の下は皮下組織(筋肉組織)である。

魚類の表皮3層はすべて増殖能を持つ生きた細胞で構成されている(Guekkec et al. 2004)。最上層は1層の細胞からなり、表面には分泌された粘液を保持する微細なリッジが刻まれている。ケラチン化した細胞は無いが、ケラチン・フィラメント等の微小フィラメントを細胞内に持っていて、浸透圧ショックから体内を保護する機能を持つ。また、これら細胞は自動的に代謝することは無いが、傷害などで細胞が死んだ場合には新しい細胞で置き換わる。中間層は何層かの細胞層により構成されており、種々の機能を持つ細胞が含まれている。粘液細胞、感覚細胞、警告物質放出細胞などが内在しているが、大部分の細胞は分化をしていない。これら未分化の細胞は、傷害により表皮細胞が損傷を受け多数の細胞が死んだ場合には速やかに分裂・分化・移動して傷を再生する。また、皮骨性鱗も中間層に内包されている。基底層は1層の細胞層であり、ヘミデスモゾーム:hemidesmosomesにより表皮を基底膜を介して真皮に固定する機能を持つ。また、表皮には神経が真皮から入り込んでいる。

表皮の厚さや構成細胞の種類と数は環境により変わるが、その変動は中間層のみが受け持つ。一般には遊泳性の魚類では表皮が、したがって中間層が薄く、底生の魚類では中間層が厚い。

 

真皮は2つの領域を持つ。表皮側の上層は繊維芽細胞、神経細胞、色素細胞、鱗などを含んだゆるいコラーゲン性基質で構成されている。皮膚呼吸用に毛細血管が配置されているが、特に鱗の周囲で顕著である。下層は密で合板状の構造を持つコラーゲン性基質のなかに繊維細胞が分散している。真皮は皮膚を強化し、引っ張り力に抗して魚体を保護する機能を持っている。

 

図1 魚類の上皮構造
図1 魚類の上皮構造

                                                   From Schempp et al. 2009

 

 両生類の上皮も3層からなる表皮と2層からなる真皮から構成されており、魚類の上皮に似た構造をしている。しかし、表皮細胞の増殖能は魚類と異なり、基底層にある幹細胞:SC: stem cellが受け持っている。さらに両生類の表皮細胞はケラチンたんぱく質K1K10を保有したケラチン細胞である。インヴォリクリンなどのたんぱく質が産生されないため薄い角質層はあるが、羊膜類に見られるような強固な角質層:CEcornified envelopeの形成はほとんどない。上皮には魚類のように粘液形成など種々の機能を持つ細胞を持つが、魚類が表皮中間層にそれらが存在するのに対して、両生類では真皮の上層に発達した機能細胞や粘液腺が存在する。

 

図2 両生類の上皮構造
図2 両生類の上皮構造

                                                    From Schempp et al. 2009

 

 羊膜類の上皮も表皮と真皮からなりその下に皮下組織(筋肉組織)を持っており、表皮は外部環境から体を保護する機能を、真皮は皮膚の強度を保つ機能を持っており、構造も機能も基本的には魚類や両生類のそれと似ている。しかし、完全な陸棲適応のために最上層に耐水性の高い角質層を持つ。羊膜類の表皮の典型例としてヒトの表皮構造を図3に示す。

 

図3.羊膜類の表皮構造と主要構成たんぱく質
図3.羊膜類の表皮構造と主要構成たんぱく質

表皮の各層を形成する表皮細胞と表皮細胞分化の過程で産生されるたんぱく質を示す。増殖は基底層:basal layerの細胞に限られ、角質化は基底層のすぐ上の層から始まり、最終的には角質層:CE : cornified envelopeを形成する。分子レベルではCEはグルタミナーゼによって脂質と絡み合わされたたんぱく質から成る。BPAG: builosus pemphigoid antigen, SPRs: small protein-rich proteins. TG: transglutaminase.         From Candi 2005

 

 

 表皮は下層から表面に向かって、基底層、有棘層:spinousu、顆粒層:granular、角質層:CE :cornified envelope4層で構成されている。基底層はケラチンタンパク5 K5とケラチンタンパク14K14を持つ1層のケラチン細胞:keratinocyteからなる。基底層は新たなケラチン細胞の母細胞であると同時に表皮を基底膜:basal laminaを介して真皮に結合する機能を持つ。基底層で細胞分裂により新たに生じた細胞は表面に向かって移動していくが、その過程で細胞の形態と機能が変化し、やがて細胞死:アポトーシスを迎えてCE層に組み込まれる。この過程で有棘層、顆粒層、CE層の3層が形成される。CE層は最終的には落屑する。表皮細胞の一連の増殖・分化・アポトーシスという流れが、表皮のホメオスタシスを保っている。表皮最上層のCE層は物理的に強固であり、また水を通さない耐水性のバリアとしての機能を持っている。なお、CE層形成過程に関しては後ほど図10で示す。

 

ヒトやマウスの表皮細胞の増殖・分化・アポトーシスは主に遺伝子p63によって制御されている。図4にp63とリンクしている表皮関連の転写ターゲットを示す。

 

図4 p63と相互作用する表皮に関係した転写因子
図4 p63と相互作用する表皮に関係した転写因子

From Pozzi et al. 2009

 

 

表皮構造の形成過程とp63ファミリーの発現状態を図5に示す。p63のアイソフォームであるΔNp63は基底層細胞において強い発現を示すが、基底層を離れた細胞では発現が弱いので、ΔNp63はケラチン細胞の増殖を支配していると考えられる(Koester et al. 2004)(Truong et al. 2006)(Candi et al. 2008)p63のアイソフォームTAp63は顆粒層で発現が強くなるので、細胞分化と関係していると思われる。2種のケラチン、K1K10は表皮細胞が基底層を離れると同時に発現する角質化のマーカーである。その機能は、隣接細胞間を結合するdesmosomeを貫通しているK5K14のネットワークを強化し、さらにはK5K14K1K10で置き換えて細胞間結合を強めるとともに、CE形成の起点となる。

また、p63は魚類の表皮細胞でも増殖や分化を制御しており、p63による表皮細胞の基本的な制御機構は脊椎動物間で保存されている(Lee & Kimelman 2002)(Bakkers et al. 2002)(Janicke et al. 2007)

 

図5. 多層表皮構造の形成過程とp63の機能
図5. 多層表皮構造の形成過程とp63の機能

マウスの胚における表皮形成過程。表皮を構成する層はケラチン細胞の増殖と分化により形成される。最初にK18が発現し、外胚葉表面に1層が形成される。K5/K14の発現に伴い胎児表皮:peridermが形成され、層化が起こる。その後K1loricrin等が産生され、有棘層および顆粒層が形成される。層化の過程で角質化が進行し、CE層が形成されて表皮が完成する。                    From Candi 2007

 

陸棲化に伴う上皮の変遷

 皮骨性上皮は、数層の表皮細胞層の下に皮骨があり、さらにその下の表皮細胞基底層を介して真皮層に結合する構造を持つ。皮骨は多くは鱗を形成して体表全部を被っている。表皮層に関する化石情報はほとんど無いので、以下では主に皮骨性鱗を中心にした変遷を見る。

 

 皮骨性上皮は初期の無顎類の脊椎動物Pteraspidomotphi Thelodontiなどに見られ、カンブリア紀後期のFurongian 世:499488 Myaにすでに獲得されていた。最初に象牙質鱗様突起:dentine scale cone として出現した。しかし、象牙質の前段階と見られる準象牙質で構成されており、表面は薄い準ミネラル層で覆われているがエナメルのような硬いカバーではない。

その後甲冑魚に見られるように頭胸部は少数の大きな板状の皮骨性表皮で、体部と尾部は可動性を得るために鱗とよばれる多数の菱形の小さな皮骨性表皮で覆われるようになった。板皮類や棘魚類も基本的には甲冑魚に似た体型と上皮構造と持つ。骨質層の上に準象牙質層があるが、板骨層:elasmodineやエナメル層はまだ無い。

板骨層はコラーゲンファイバが合板状に組み合わさり層状になっている組織で、初期硬骨魚類の菱形鱗やコズミン鱗の頃に形成された。初期硬骨魚類の段階では、皮骨性鱗は最外層に未発達ながらエナメル質のような硬質のたんぱく質の層である準エナメロイド層を持つ(Sire et al. 2009)。その下に準象牙質層があり、さらに板骨層を介して骨質層:osteogenic componentが形成されている。準エナメロイド層、準象牙質層、板骨層の積層が歯のそれと似ているので歯骨層とも呼ぶ。

 

初期硬骨魚類から条鰭類と肉鰭類が分岐したが、条鰭類の鱗も初期硬骨魚類と同じような積層構造を持つ。骨質層の上に板骨層があり、その上に象牙質の層がある。最上層に硬質のエナメロイド層であるガノインが形成されている。条鰭類のこのような構造の鱗をガノイン鱗と呼ぶ。条鰭類の系統では鱗は薄くなる方向に進化しているが、板骨層が消失したり、象牙層が消失したりと多様である。棲息環境や生態によって鱗の構造が異なる進化をしたと考えられる。

現生ポロプテルスは400Mya頃に条鰭類から分岐し、進化してきたが、皮骨性上皮には初期条鰭類の構造が保存されている。即ち、初期のポリプテルスに比べると薄くなっているが、骨質層の上に板骨層を、その上に象牙質層を、そして鱗表面にガノイン層を持っている。そして鱗は表皮層で被われている。

 

一方、肉鰭類によく見られる鱗では、最上層の薄い表皮層の下はエナメロイド層であり、その下に象牙質層が変化した層がある。この層内にpore-canal systemと呼ばれる構造が形成されており、孔:poreはエナメロイド表層からつながっている(Sire et al. 2009)。エナメロイド層から板骨層までが歯骨層であり、板骨層を介して下の骨質層に積層している。発達した象牙質層にpore-canal systemのような構造を持つ鱗はコズミン鱗と呼ばれ、コズミン構造を持つ鱗や上皮は肉鰭類の特徴である。

初期肉鰭類の1種、Meemanniaは多層のエナメロイドと象牙質からなる層を持ち、この層内にpore-canal systemがあり、その下に板骨層と骨質層を持っている(Zhu et al. 2006, 2009)。エナメロイドと象牙質が多層化している構造は従来云われてきた肉鰭類のコズミン構造とは少し異なっている。多層のエナメロイドと象牙質層を持つ積層は初期硬骨魚類や幹:crown肉鰭類、さらには初期条鰭類や棘魚類にも類似の構造が見られる(Zhu et al. 2010)。従って、Meemanniaのこのような積層構造は祖先の魚類から引き継いだものであり、初期の魚類に共通する特徴である。

 

図6. コズミン構造の模式図
図6. コズミン構造の模式図

最上層の表皮とエナメロイド層は省略してある。Poresはエナメロイド層まで貫通している

From Sire et al. 2009

 

元来はエナメロイド層と象牙質層からなる皮骨上層部は初期硬骨魚類に見られるように多層構造をとっていたが、皮骨形成過程において骨の吸収過程が発達したことで肉鰭類の典型的なコズミン構造とされる単層の上層構造が形成されたと考えられる(Zhu et al. 2010)。即ち、新たな歯骨層が形成される前に既に形成されていた歯骨層が部分的に吸収され、消失したために図6に示したような典型的な単層の象牙質層を持つコズミン鱗になったとされる。

 

肉鰭類は初期硬骨魚類からの遊泳性を引き継いだが、遊泳性の軟骨魚類や棘魚類との競合のために肉鰭類の系統でも皮骨性鱗を薄く軽量化する方向に選択圧があったと考えられる。そのため肉鰭類では上皮の上層を薄くする方向で進化している(Zylberberg et al. 2010)。さらに吸収効果が強まるに伴って図7に示すように、やがてpore-canal systemのない皮骨表皮へと進化している。また、最下層の骨質層も薄くなる方向で変化している。その結果、ほとんどガノイン層と板骨層からなる板骨性鱗となっている。

 

肉鰭類に見られるコズミン鱗のpore-canal systemの機能に関して、現生軟骨魚類にセンサー機能を持つ似たような構造が見られることから、ある種のセンサーとされた(Meinke 1984)。しかし、何らかの分泌腺かあるいは粘液と関連する器官とする説なども提案されてきた。pore-canal systemが皮骨性表皮の形成・吸収を制御する器官とする説に基づいて、軽量化のため象牙質層やエナメロイド層が吸収されたとした説は図7に示したように表皮構造の変遷(Bemis & Morthcutt 1992)を上手く説明できるようである。

 

デボン紀の初期には既に肉鰭類は多様化していたが、395Mya頃棲息していたKenichthysから385Mya頃棲息していたEusthenopteronにかけて、肉鰭類はコズミン鱗の特徴とされるpore-canal systemを失っている(Zylberberg et al. 2010)。肉鰭類の一部はKenichthysの頃に底生へと移行し、 Eusthenopteronの頃には潮汐域などの浅い水域へと進出したと考えられ、棲息環境の変化がpore-canal systemの消失を促した可能性がある。pore-canal systemが皮骨性表皮の形成・吸収を制御する器官とする説が正しいとすれば、遊泳型から底生型へと移行したことにともない、皮骨性表皮の軽量化の必要が無くなり、pore-canal systemが消失したとも考えられる。  

 

 

図7.初期顎口類の分岐図と皮骨の構造
図7.初期顎口類の分岐図と皮骨の構造

Node 1pore-canal ネットワークの形成と歯骨の多層化、Node 2:新歯骨層形成前にpore-canal ネットワークを含む古い歯骨層の部分的侵食が発生、Node 3:古い歯骨層が完全に侵食された後に新歯骨層が形成                  From Zhu et al. 2010

 

 

 肉鰭類から分岐した現生のシーラカンスやハイギョはコズミン鱗を持たない、乃至は持っていても痕跡程度である。しかし、いずれも初期にはコズミン鱗を持っていたことが化石から確認されており (Janvier 1996)(Sire et al. 2009)、肉鰭類から分岐後に各々独立にコズミン鱗を失ったことになる。シーラカンスはデボン紀中期までに、ハイギョはデボン紀後期までにほぼ象牙質層とpore-canal system、および骨質層を失い、板骨性鱗になった。現生シーラカンスは板骨性鱗を保存しているが、ハイギョはさらに上層のガノイン層をほぼ失っている。

 

 初期両生類のアカントステガやイクチオステガでは、皮骨由来の鱗が背側から消失している。また、上陸を果たした初期の両生類や羊膜類にもコズミン鱗や板骨性鱗といった、皮骨性鱗は見られない。図8に硬骨魚類から四肢類に到る皮骨性鱗の変遷過程を示す。

 

図8.四肢類に到る皮骨性表皮構造の変遷
図8.四肢類に到る皮骨性表皮構造の変遷

初期硬骨魚類は菱形の鱗を持っていた。菱形鱗の表層部は歯骨性であり、ガノイン、象牙質、板骨層が積層している。鱗の下部は骨質部である。肉鰭類ではガノイン層と象牙質を貫通して枝分かれしたpore-canal systemが発達している。四肢類ではpore-canal systemが消失している。                             From Vickaryous & Sire 2009

 

 

底生の肉鰭類の中から陸棲化の方向に進化した四肢類では、最初に皮骨由来の鱗が背側から消失し、やがて腹側も消失しケラチン細胞からなる表皮に置き換わったことが化石記録からたどれる。上皮における厚くて凹凸のある皮骨性鱗が陸棲化に伴い次第に薄くなり、やがて消失した理由に関してはいくつかの説があるが、結論は得られていない。

機動性向上もあったであろうし、初期四肢類は比較的大型であり、捕食者があまりいなかったため防備器官を減らしたのかもしれない。また、血液や体内の酸性化を防ぐために活動の結果生じる二酸化炭素を速やかに排出する必要がある。一方、二酸化炭素を炭酸カルシウムの形に変換してpHを保持することが可能である。即ち、ミネラル化した皮骨はpHを保つためのバッファとして機能する。肉鰭類や四肢類様魚類の皮骨性鱗はその機能を持っていたと考えられる。陸棲化に伴い肺の機能が向上し、二酸化炭素の排出も肺で可能になるにつれて上皮の炭酸カルシウムを保存するための分厚い皮骨構造が不要になった可能性もある(Janis et al. 2012)

 陸棲化に伴う表皮の変化に対して諸説があるが、恐らく初期四肢類にとって大気にさらされることによる皮膚からの水分の蒸散が大きな問題であり、それへの対応だった可能性が高いと思われる。後述するように、皮骨性表皮が消失し、ケラチン細胞で被われるようになったのは皮膚からの水分蒸散に対応するためだったと考えられる。

 

表皮の陸棲化適応

水棲でも陸棲でも上皮の構造は似ているが、上皮は生息環境と直接に接しており、その影響も直接的であるので、環境によりかなり異なる機能を持つ。特に表皮には水圏から陸上へと進出したことで3つの大きな変化が生じた。

1.魚類では表皮のどの層の細胞も増殖能を持つが、四肢類では基底層の細胞だけが増

殖能を持つ。基底層の細胞だけが増殖能を持つことになったのはmutationを持った細胞の増殖を抑制するためと思われる。

2.四肢類では角質化ケラチンたんぱく質K1K10の形成がある。K1K10は細胞

間結合を強化し皮膚強度を高めるとともに皮膚からの水分蒸散を防ぐ機能を持つ。

3.     羊膜類では最外側にケラチン蛋白質K1, K10とインヴォリクリン等が結合した堅固な角質層:CE:cornified envelopeが形成されている。角質層は陸生化に伴う皮膚からの体内水分の放散を抑制し、保水性を高めるために獲得されたとされる。進化の観点からは、CEの形成は完全な陸生への適応になる。両生類では保水性を高めるために粘液を使うようになったため、フィラグリンやロリクリン等の産生が無く、CEが形成されないと思われる(Alibardi 2001)。現生両生類は表皮に粘液を保持し、かつかなり脱水しても回復できる代謝機能を備えることである程度の陸棲が可能になっている。

 

 陸棲化に伴って表皮に生じた上記3つの変化を以下で順次考察する。

 

1.増殖能が基底層に限定されるシステムの形成

陸棲化に伴って表皮細胞のうちで増殖機能を持つのは基底層の細胞だけになる。非常に興味深いことに基底層の幹細胞:SC:stem cellの分裂によって生じた細胞が基底層を離れて直接CE層形成の過程を担う表皮細胞になるのではない。SCが分裂をするとき、一方はSCへ、他方はTAC Transit Amplifying Cell へと非対称の分裂をする。そして分裂したSCはそのまま基底層に留まり、引き続きSCとして機能する。TACの方は、最初は基底層に留まり、数回分裂して表皮細胞を産生する。TACの分裂で生じた表皮細胞は基底層を離れ角質化の過程に入り、CE層形成へと向かう。そしてTACは数回の分裂後自らも基底層を離れて角質化し、CE層形成に加わる(Strachan & Ghadially 2008)

 

表皮細胞は乾燥、UVB、物理的ストレスなど厳しい外部環境に直接晒されているのでmutationsが形成されやすい。SCmutationsが生じると、mutationを持った表皮細胞が増殖により増えるので致命的になる可能性がある。これに対処するためにSC/TACシステムを発達させたと考えられる。このシステムだとSCから分裂したTACに主な増殖機能を持たせ(Jones et al. 2007)、永続的な増殖機能を持つSCの数を数分の一に減らすことで安全性が高くなる。たとえTACmutationsが生じても数回の細胞分裂後にそのTACは、角質化の過程に移り死を迎えるのでmutationsを持った表皮細胞を最大数個生み出すことはあるが、それ以上にmutationsを持った表皮細胞を拡大・再生産することはない。

SCTACは基底層のNicheと呼ばれる微小環境に存在し、Niche への隣接細胞からの分泌シグナルによりその増殖能が保持・保護されている。TACNicheに存在する限り増殖能を持つが、数回の細胞分裂をした後TACを基底層に結び付けているβ4-インテグリンを切るシグナルにより基底層から離脱し(Muller et al. 2008)、増殖能を失って角質化の過程に入る。最後は他の表皮細胞と同様細胞死を迎え、角質層形成に関与し、やがて落屑する。一方、SCは基底層を離れることなく、永続的に増殖能を保持し、必要に応じてTACを生み出す。

 

表皮細胞のSCTACの増殖率とCE層の落屑による細胞損失率のバランスによって表皮はhomeostasisを保っている。従って増殖率は表皮細胞の損傷発生確率によって決まると予想される。この仮定に基づいて、基底層のSCから分裂して生じたケラチン細胞が角質化・アポトーシスの過程を経て落屑していく一連の流れを説明する様々なkinetic モデルが提案されている(Strachan & Ghadially 2008)(Ro & Rannala 2005)(Ro & Rannala 2004)(Potten 1975)(Jensen et al. 1999)(Allen & Potten 1974)。実際、有限回の増殖機能を持つTACと増殖永続性のあるSCによって損傷の蓄積を抑止していることが、EPU:epidermal proliferative unitモデルで説明できている(Ghazizadeh & Taichman 2001)。最近ではkineticEPUモデル以外にもより現実的と思われる新たなdynamicalモデルも提案されている(Clayton et al. 2007)

 

基底層の幹細胞のみが増殖能を持つという陸棲脊椎動物の皮膚に特有のメカニズムは、陸棲に伴うストレスへの対応と考えられる。陸棲に伴う最も大きなストレスは、恐らく乾燥による皮膚損傷と紫外線によるDNA破壊であったと考えられる。

乾燥による皮膚損傷は水圏から陸上への進出に伴い当然生じるものであり、CEの形成や粘膜腺の発達で対応出来た。一方、DNAの光吸収ピーク値は265nmの紫外線域、所謂UVBにある。UVB近傍の水の紫外線吸収率は0.0050.01程度である(Quickenden & Irvin 1980)。従ってUVB強度は水深0.51mのところに比べ、大気中では2倍程度大きくなる。即ち、陸生化に伴う紫外線のDNAへの影響はかなり大きかったと予想される。陸棲化に伴う紫外線強度の増加により表皮細胞のDNAにはmutationsが形成されやすくなり、これに対処するためにSC/TACシステムを発達させたと考えられる。実際の表皮細胞増殖の大部分を短命なTACが担い、表皮のホメオスタシスを保つのに最も重要なSCの数を減らすことで、mutationsを持つSCの発生確率を減らしている。

 

ところで大気中で皮膚を透過したUVBの強度は、図9に示すように基底層の深さでほぼゼロになる。これは基底層にある細胞はUVBの影響をあまり受けないことを示している。増殖能を持つ幹細胞を基底層に限定することで紫外線から幹細胞を保護する構造になっている。即ち、表皮は紫外線から守るためにSCを基底層に限定し、さらにmutationsを持つSCの発生確率を減らすためのSC/TACシステムを持っており、二重の安全策を進化させたことになる。

 

図9.上皮の光浸透深さの波長帯域依存性
図9.上皮の光浸透深さの波長帯域依存性

縦軸は光浸透深さ、横軸は波長帯域を表す。UVBはほぼ表皮の基底層程度まで浸透する。

From internet

 

 

細胞の増殖や肝臓以外の組織の再生を制御するmiRNA-203の存在が最近mousezebrafish、ヒトで報告され(Aberdam et al. 2008) (Thatcher et al. 2008)(Sonkoly et al. 2010)(Sonkoly et al. 2007)miRNA-203のこの制御性は脊椎動物に共通していると考えられる。上皮では、miRNA-203はケラチン細胞の増殖を司るp63遺伝子をターゲットにして、細胞増殖を制御していることが明らかにされた。即ち、miRNA-203はターゲットであるp63のmRNA3’UTR( untranslated region) に結合し、翻訳・転写を抑制するnon-coding RNAとして機能している(Yi et al. 2008)

一方mouse上皮細胞中では紫外線照射によりmiRNA-203の増加が見られるとの報告がある(Lana et al. 2008)。これは、紫外線照射により表皮細胞の増殖に関与するΔNp63の機能が抑制されることを、従って表皮細胞が増殖しにくくなることを予想させる。先に見たようにUVBは基底層程度まで浸透するので、従って脊椎動物が上陸を開始したとき、UVBが浸透する表皮表面から基底層までの細胞はDNA損傷を受けやすいが、その増殖が抑制されれば表皮細胞への影響が抑えられる。このような特性を持つことは進化の観点で有利であったと考えられ、選択圧がかかったであろう。その結果として増殖が基底層に限定されるようになったと考えられる。

 

2.角質化

陸棲脊椎動物の表皮は魚類と異なり、ケラチン細胞で構成されている。陸棲化に伴う表皮の変化に関してはいくつかの原因が考えられる。

体表部の曝気が増えるに従い、皮膚からの水分の蒸散を抑制する必要が生じ、そのため細胞間結合を強めるケラチンたんぱく質K1K10を形成したと予想される。初期両生類のアカントステガやイクチオステガは、腹側に皮骨性の鱗を残していたが、背側では皮骨性鱗を消失している。まだ水棲から離れないが、しばしば大気にさらされるようになった時期にケラチン細胞を獲得していたことになる。大気に晒されることの多い背側の方が水の蒸散が激しかったと思われる。背側の皮膚細胞をケラチン細胞化することで水分の蒸散を防ぎ、腹側は丈夫な皮骨性鱗で摩擦ストレスから保護していたことになる。従って、陸棲化の過程で表皮細胞がケラチン化するようになったのは、水分蒸散抑制のためと考えられる。

あるいは、K1K10は魚類の皮膚では通常見られないが、魚類でも摩擦ストレスの多い口唇部や水から出る機会の多い種の表皮に見られる(Dominique et al. 2004)。植物が茂っている浅瀬や泥濘中を移動する場合、皮膚には大きな摩擦ストレスがかかったと予想され、これもK1K10を形成する原因になった可能性はある。

あるいはまた、鰓は曝気に脆弱なため陸棲化に際して肺呼吸への移行と皮膚呼吸の採用を行ったと思われる。皮膚呼吸のためには皮骨性鱗で保護された頑強な表皮を薄く変える必要があったが、表皮強度を保持するためにケラチン細胞化させて細胞間結合の強化と細胞自身の形状維持を図ったとも考えられる。この頃の四肢類の鱗とその外側にある表皮には血管が通っており、皮膚が鱗で覆われていても皮膚呼吸が可能であったと考えられる。但し、アカントステガやイクチオステガといった大型の両生類では、皮膚呼吸への依存はもしあったとしても小さかったであろう。小型の両生類がいたとすれば、皮膚呼吸を活用したであろう。現生両生類のサンショウウオの循環系は魚類に近いが、体の小さい種類では皮膚呼吸を主とし、肺を消失したものもいる。

 

皮骨由来の鱗を失った初期四肢類から真皮内の粘液腺など多様な腺を発達させ、粘膜で皮膚からの水分放散を抑制し、さらに体を小さくて、皮膚呼吸への依存度を高める方向に進化したのが現生両生類につながる系統と考えられる。皮膚呼吸への依存度を高めた両生類の系統では新たに表皮由来の鱗を作らなかった。

一方、皮骨由来の鱗を失った四肢類から新たに表皮の角質層を発達させて水分の皮膚透過を減らし、皮膚呼吸への依存度を減らし、肺呼吸に重点化したのが完全な陸棲化を達成した羊膜類である。完全に陸棲化した四肢類の出現は「ローマーの空隙」の間、乃至はそれ以降であり、340Mya頃のPederpesが最も初期の1種である。

 

3.角質層CEの形成

ケラチン細胞内における角質化の過程はかなり解明されており、いくつかの報告がある(Proksch et al. 2008)(Medison 2003)(Hitomi 2005)(Eckert et al. 2005)(Koester et al. 2004)(Bragulla & Homberger 2009)。図10は左から右へと基底層を離れたケラチン細胞が有棘層から顆粒層を経て移動していく間のCE形成過程を示す。

 

図10.角質層CE (cornified envelope) の形成過程
図10.角質層CE (cornified envelope) の形成過程

最初は有棘層内でCEに使われる各種蛋白質が形成され、細胞間にある各種脂質の中に滲出し複合体となる。トランスグルタミナーゼのTG1TG5の働きによりエンボプラキンやペリプラキンをデスモソーム(接着班)に結合させる。次は顆粒層内で起こるCE強化の段階で、脂質をCE蛋白質に共有結合させ、TG1TG3の働きでロリクリンやプロラインに富む蛋白質(SPPs)CEに結合させる。次の段階も顆粒層内でゴルジ体から誘導された層状体(lamellar body)を、既にCEに形成されていたエンボプラキンやペリプラキン、インボルクリンの複合体に、TG5TG1の働きで結合させ、さらに細胞膜の外に滲出させる。最後は落屑の段階で、CE内で起こる。CETG1の働きでロリクリンやその他の蛋白質を、またセラミド、脂肪酸、コレステロールを結合させる。CEの物理的強度は、結合体や脂質の特性によって決まる。                     From Candi 2005

                      

 

 

左端では、基底層のケラチン細胞が分裂して生じた新しいケラチン細胞が、基底層を離れるとまもなく細胞が膨張し、細胞内で形成されたK1K10細胞膜のdesmosomesを貫通してCEの足場を形成し始めている。足場を基盤にして細胞内で産生されたエンヴォリクリン、ペリプラキン、インヴォリクリンsmall protein-rich proteins :SPPs などのたんぱく質や脂肪類がトランスグルタミナーゼの働きにより結合・集積しつつ、細胞自身は上層に押し出され有棘層を形成する。細胞はさらに上層に押しやられた細胞は扁平化し顆粒層を形成する。顆粒層を終える段階で細胞核を失い死んだ細胞になる。この細胞死の死の形態は通常の細胞のアポトーシスと異なるが、プログラム化された細胞死なのでアポトーシスと呼ばれることが多い。死んだ細胞は細胞質を放出し、ロリクリン(loricrin)などのタンパク質と脂質類が強固に結合した角質層と呼ばれる保護層を形成する。即ち、ケラチン細胞が基底層を離れ角質層へと向う過程は角質化の過程である。形成されたCEは基底層におけるケラチン細胞の増殖とバランスを保ちながら、最終的には落屑し、新たに形成されたCEと置き換わる。

 

図11.CE形成におけるトランスグルタミナーゼTGaseの機能
図11.CE形成におけるトランスグルタミナーゼTGaseの機能

From Hitomi 2005

 

CEは図10で見たようにケラチン細胞が基底層から離脱し最上層に達する間に細胞内で起こった一連の反応によって形成される。このCE形成過程における種々のたんぱく質や脂質の反応にはトランスグルタミナーゼ:TGaseが関与している。TGase1TGase3CE形成に関与していることが最近明らかにされたが(Hitomi 2005)TGase 5の機能に関してはまだ定説はないようである。HitomiTGase5CE形成に関与するとしているが、Candiは関与しないと考えている。EckertTGase 5は分化に関与するが、CE形成には関与しない(Eckert 2005)、としている。

 

 爬虫類の鱗の起源はCEであり、より硬化するような組成からなるCEが小片化したものである。また、鳥類の羽毛や哺乳類の体毛もCE起源である。

 

まとめ

初期硬骨魚類から四肢類に到る皮骨・鱗の変遷を図12に示す。

最初に両生類が現れ、その後40Myほど遅れて両生類から哺乳類の祖先である単弓類が、そしてその10My以内にやはり両生類から爬虫類・鳥類の祖先である爬虫類が現れたとされる。従って、陸上への皮膚の適応は両生類の段階と羊膜類の段階の2段階を経たと考えられる。第一段階の両生類の適応では表皮細胞はケラチン細胞になり、細胞内にケラチンたんぱく質K1K10を産生し、細胞間強度の強化が図られた。また、紫外線による損傷を減らすために、増殖機能を基底層にある表皮幹細胞だけに限定した。第二段階の羊膜類の適応ではCE形成によって表皮からの水分の消散を抑え、完全な陸棲化を果たした。

 

図12.上皮の進化
図12.上皮の進化

上皮には皮骨性上皮と角質性上皮がある。皮骨性上皮は数層の表皮層の下に皮骨層があり、その下に真皮層がある。ほとんどの場合皮骨層は分割されて鱗形状になっている。表皮層が化石として残ることは無いので、皮骨性鱗の構造の変遷を示してある。角質性上皮は、表面から角質層、表皮層、真皮層の順で積層している。角質性上皮は脊椎動物が陸棲化した段階で獲得された。赤数字は仮説

1:原初的皮骨とその積層構造(準エナメル層、準象牙質層) 2:初期硬骨魚類の皮骨とその積層構造(準エナメル層、準象牙質層、板骨層、骨質層) 3:コズミン鱗とその積層構造(ガノイン層、pore-canal systemを内蔵する変質象牙質層、板骨層、骨質層) 4:肉鰭類・条鰭類分岐 5:肉鰭類底生化 6:肉鰭類潮汐域進出 7:板骨性鱗とその積層構造(ガノイン層、板骨層) 8:背側板骨性鱗の消失 9:表皮基底層による角質細胞の増殖機構獲得 10:角質層形成 11:粘液腺の発達 12:コズミン鱗の消失